「一身上の都合により、退職させていただきたく……」
期待をかけて採用し、手取り足取り教え、ようやく一人前になって成果が出始めた矢先。 部下から突きつけられる一通の白い封筒。
経営者や管理職にとって、これほど虚無感に襲われる瞬間はありません。 「あれだけ目をかけてやったのに」 「これから回収というタイミングで、恩を仇で返すのか」
そんな憤りや寂しさを飲み込み、慌てて求人票を出し直す。そしてまた、ゼロからの採用と教育の日々が始まる……。 もし、あなたの組織がこの「自転車操業」の状態に陥っているのなら、一度立ち止まって考える必要があります。
「最近の若い人は根気がない」 「条件の良い大手に引き抜かれただけだ」
そう自分に言い聞かせ、思考停止していないでしょうか? 優秀な人が辞めるのには、必ず「組織的な理由」があります。彼らは何か別の魅力的な場所を見つけたから辞めるのではなく、「ここにいてはダメだ」と、あなたの会社に見切りをつけたから去っていくのです。
本コラムでは、優秀な人材が流出する組織に共通する特徴と、負の連鎖を断ち切るために経営が向き合うべき課題について解説します。
退職の申し出があった際、面談で理由を聞くと、多くの場合こう返ってきます。 「家庭の事情で実家に帰ることになりまして」 「親の介護が必要になりまして」 「どうしてもやりたいことが見つかりまして」
これらの理由を聞いて、「それなら仕方がない」と納得して送り出していませんか? はっきり申し上げますが、退職面談で語られる理由の9割は「建前」です。
退職を決意した社員にとって、会社はもう「過去の場所」です。 去りゆく場所に対して、わざわざ「社長のあの方針が間違っていると思います」「評価制度が不公平です」と本音をぶつけて、波風を立てるメリットはありません。円満退社するために、誰もが納得せざるを得ない「やむを得ない事情」を用意しているに過ぎないのです。
「家庭の事情」を鵜呑みにしている経営者は、裸の王様と同じです。 本当の理由は、「未来が見えない」「人間関係に疲れた」「評価への不満がある」といった、組織内部の問題にあります。
もし、部下が本音を語ってくれないとしたら、それは「この人に言っても無駄だ」「話を聞いてくれる関係性ではない」と判断されているということです。この事実こそが、組織が抱える最初の、そして最大の課題です。
では、優秀な人材はなぜ見切りをつけるのでしょうか。 彼らは能力が高いゆえに、市場価値や業界の動向に敏感です。そして何より、自分自身のキャリアに対する「投資対効果」をシビアに見ています。
「社長、この会社の5年後のビジョンは何ですか?」 そう聞かれたとき、あなたは明確な言葉で、ワクワクする未来を語れるでしょうか。
「とりあえず今の売上を維持することだ」 「とにかく頑張って数字を上げることだ」
これでは、優秀な人材は絶望します。彼らは、会社という乗り物に乗って、自分のキャリアを遠くまで運びたいと考えています。行き先不明のバスに、乗り続けたいと思う乗客はいません。
また、会社の成長スピードが個人の成長スピードより遅い場合も、離職のリスクが高まります。 「ここで学べることはもうない」 「このままここに居続けたら、自分の市場価値が下がる」
そう感じた瞬間、彼らは沈みゆく船から最初に降りる準備を始めます。会社を成長させたいのであれば、経営者は常に社員の成長を上回るスピードで、会社のステージを上げ続けなければならないのです。
退職理由の裏側にある本音のNo.1は、やはり「評価・報酬」への不満です。 しかし、これは単に「給料が安い」ということではありません。「納得感がない」ことへの不満です。
日本の多くの企業、特に中小企業では、評価制度が曖昧なまま運用されているケースが散見されます。 圧倒的な成果を出しているエース社員と、定時までネットサーフィンをしているぶら下がり社員。彼らの給与や賞与に、明確な差がついているでしょうか?
「あいつはまだ若いから」 「彼は社歴が長いから」
そんな理由で年功序列的な給与体系が維持されていると、優秀な社員はこう思います。 「あいつより2倍働いて、2倍成果を出しているのに、なぜ給料が同じなのか。頑張るだけ損じゃないか」
この「悪平等」こそが、愛社精神を殺す猛毒です。
また、評価指標(KPI)の設定ミスも致命的です。 会社の戦略と個人の目標がリンクしていないため、「なぜこの数字を追わなければならないのか」が腹落ちしていない。あるいは、プロセスを無視した結果だけの評価になり、運任せの要素が強くなっている。
「正当に評価されていない」と感じることは、自分の存在を軽視されていることと同義です。優秀な人材は、自分の価値を正しく理解し、対価を払ってくれる場所へと移動していきます。
採用した後の「受け入れ体制」も、離職率に直結します。 多くの企業でいまだに見られるのが、「背中を見て覚えろ」という職人スタイルの教育、あるいは「現場に丸投げ」の放置プレイです。
かつてのように、終身雇用が前提で、何年もかけて丁稚奉公ができる時代ではありません。 入社直後の数ヶ月、何をしていいか分からないまま放置された新人は、強烈な孤独感と不安を感じます。
「何も教えてもらえない」 「質問しても『忙しい』と後回しにされる」
これでは、戦力になる前に心が折れてしまいます。 「忙しいから教えられない」のではなく、「教える仕組みがないから忙しいまま」なのです。この因果関係を逆転させない限り、いつまでも人は定着しません。
マニュアルは数年前のまま。教育担当のマネージャーはプレイングで手一杯。 これでは、新人が育つかどうかは「配属ガチャ(どの部署・どの上司に当たるか)」と「本人のセンス」任せになってしまいます。
組織として再現性のある育成プログラムを持っていないことは、経営の怠慢と言わざるを得ません。
「うちは業界的に離職率が高いから」 「中小企業にはいい人材が来ないから」
そう諦めてしまうのは簡単です。しかし、同じ業界、同じ規模でも、社員がイキイキと働き、定着している会社は必ず存在します。 その違いは、「人材定着」を経営戦略の優先事項に置いているかどうか、つまり「経営の意思」の差です。
人が辞める原因の多くは、採用のミスマッチ以上に、入社後のマネジメントの不全にあります。 「釣った魚に餌をやらない」状態になっていないでしょうか。 社員が安心して長く働けるための制度設計、公平な評価、そして共感できるビジョンの提示。これらはすべて、現場任せではなく、経営者が主導すべき仕事です。
採用コストは年々高騰しています。一人の社員を採用し、戦力化するまでに数百万、数千万のコストがかかっています。 その投資を無駄にしないためにも、今あるリソースを「採用」から「定着」へとシフトすべきです。
評価制度を見直す。教育カリキュラムを整備する。定期的な1on1で対話の場を作る。 これらは地味で面倒な作業に見えるかもしれません。しかし、穴の空いたバケツに水を注ぎ続けるのを止めるには、バケツの穴を塞ぐしかありません。
「また人が辞めた……」と頭を抱える前に。 いつから評価制度を見直していないか、いつからビジョンを語っていないか、自問してみてください。
もし、どこから手をつけていいか分からない、自社の課題が「評価」なのか「育成」なのか、あるいは「ビジョン」なのかが見えていない場合は、SHIOパートナーズにご相談ください。 御社の離職の真因を特定し、「人が辞めずに育つ組織」への変革をサポートします。
社員が「この会社で働き続けたい」と思える未来を、一緒に作りませんか?