「最近、現場が疲弊している気がする……」 「新しい施策を次々と打っているのに、なぜか売上の伸びが鈍化している」
もし、あなたが今、このような閉塞感を感じているのなら、それは御社が「頑張っていないから」ではありません。 むしろ、「頑張りすぎているから」こそ起きている問題かもしれません。
世の中には、新しいマーケティング手法やDXツール、画期的なマネジメント論が溢れています。 真面目で勉強熱心な経営者ほど、「あれも取り入れよう」「これもやらなきゃ遅れをとる」と、自社をアップデートすることに余念がありません。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。 多くの企業が、新しいことを「始める」ことには熱心ですが、古いものを「やめる」ことには驚くほど無頓着なのです。
今回は、成長する企業が必ず持っている「捨てる勇気」と、戦略的な「撤退の技術」についてお話しします。 これは、5年後も生き残るために、あなたが今すぐ着手すべき「引き算の経営」の話です。
あなたの会社の業務リストを思い浮かべてみてください。 創業当初はシンプルだったはずの業務が、今は雪だるま式に増えていないでしょうか?
「流行りのSNSマーケティングを始めよう」 「インサイドセールスチームを立ち上げよう」 「週次の定例会議を増やして情報共有を密にしよう」
一つ一つの判断は、決して間違いではありません。その時々の課題解決のために必要だったはずです。 しかし、問題は「何かを始める時に、何かをやめていないこと」にあります。
人のリソース(時間と労力)は有限です。 既存の業務がパンパンに詰まったコップに、新しい水を注げばどうなるか。当然、溢れ出します。 現場では、社員が残業でカバーするか、一つ一つの業務の質を落として「こなす」ことでしか対応できなくなります。
「いつか実を結ぶはず」 そう信じて積み上げた施策の山が、実は社員の思考力を奪い、コア事業の成長スピードを鈍化させている――。 これが「足し算経営」の限界点です。
リソースが分散すれば、当然、成果も分散します。 全てにおいて「そこそこ」の結果しか出せない組織は、一点突破で攻めてくる競合他社にあっさり負けてしまうのです。
頭では「整理しなければ」と分かっていても、いざ事業や施策を「やめる」となると、強烈なブレーキがかかります。 なぜ、私たちは捨てることをこれほどまでに恐れるのでしょうか?
最大の理由は、投資費用への未練です。 「この事業には、これまで3年も時間をかけたんだ」 「開発に数千万円も投資したシステムなんだ」
過去に費やしたコストを「もったいない」と感じるのは、人間の本能です。 しかし、経営において見るべきは「過去」ではなく「未来」です。 過去にいくら投資したかに関わらず、将来的に利益を生み出さないのであれば、それは「資産」ではなく「負債」でしかありません。
また、「僅かな売上」も判断を鈍らせます。 「赤字ではないけれど、利益もほとんど出ていない事業」があったとします。 「でも、月50万円の売上はあるし、やめると全体の売上が下がってしまう……」 この恐怖が、決断を先送りにさせます。
しかし、その月50万円を守るために、優秀な社員のエース級の時間を奪っていないでしょうか? もしそのエースを、成長中の新規事業に専念させれば、月500万円の利益を生むかもしれないのです。 「やめること」を「失敗」や「損失」と捉えているうちは、この計算ができません。
では、どうすれば感情に流されず、ドライに「捨てる」判断ができるようになるのでしょうか? 最も効果的かつ必須の手法は、「始める時に、止め時(撤退ライン)も一緒に決めておく」ことです。
多くのプロジェクトがダラダラと続いてしまうのは、スタート時に「成功の定義」は語られても、「失敗の定義(撤退条件)」が語られていないからです。
株式投資の世界には「損切り(ストップロス)」という考え方があります。 「株価が10%下がったら、どんなに未練があっても自動的に売る」と事前に決めておくのです。これにより、致命的な大損害を防ぐことができます。
ビジネスも同じです。新しい施策を始める際は、必ず以下のセットで計画を立ててください。
期間: いつまでに判断するか(例:半年後)
指標: 何をもって成果とするか(例:獲得リード数、ROI)
撤退ライン: 基準を下回った場合、どうするか(例:半年後のCPAが1万円を超えていたら、無条件で撤退または凍結する)
この合意形成を、プロジェクト開始時に経営陣と現場で握っておくことが重要です。 そうすれば、半年後に基準未達だった場合、 「担当者の頑張りが足りないからだ、もう少し様子を見よう」 といった感情論や精神論を排除し、 「事前の取り決め通り、ルールに従って撤退します」 と、ファクト(事実)ベースでの健全なジャッジが可能になります。
「捨てる」べき対象は、うまくいっていない事業だけではありません。 実は、「なぜかうまくいってしまったもの」も、整理の対象になり得ます。
例えば、ある営業担当者が、たまたま親戚のコネクションで大型案件を受注してきたとします。 会社としては売上が上がり、万々歳に見えます。 しかし、この売上に「再現性」はあるでしょうか? 他の社員が真似をして、同じように受注できるでしょうか?
答えがNOであれば、その成功事例は、組織の成長戦略においては**「ノイズ(雑音)」**になりかねません。
「あのやり方でも売れるんだ」と勘違いした若手が、再現性のない手法に時間を使い始めるリスクがあります。 経営においても、「たまたま当たったラッキーパンチ」を実力だと過信し、無謀な計画を立ててしまうことほど危険なことはありません。
「なぜ売れたか」を論理的に説明できない売上は、未来の予測には使えません。 厳しい言い方になりますが、再現性のない「勝ちパターン以外」の業務は、たとえ小銭を稼いでいたとしても、勇気を持って整理・縮小していく必要があります。 組織が5年後も勝ち続けるために必要なのは、一発逆転の奇跡ではなく、「誰がやっても勝てる仕組み」だからです。
ここ数年、「イノベーション」や「組織変革」という言葉が叫ばれています。 しかし、多くの現場からは「今の仕事だけで手一杯なのに、これ以上新しいことなんて考えられない」という悲鳴が聞こえてきます。
当然です。 コップの水が表面張力ギリギリまで入っている状態で、新しい水(革新)を入れることはできません。 革新は、組織の「余白」から生まれます。
私が好きな話に、Googleにはかつて「20%ルール(勤務時間の20%を好きなプロジェクトに使ってよい)」がありましたが、あれは「余白」があったからこそ機能した制度です。 100%稼働、あるいは120%稼働で疲弊している組織に、未来の種まきをする余裕などありません。
あなたが「捨てる」という決断を下すことで、初めて組織に空白が生まれます。 その空いたリソースを、どこに投下するか? ここが経営者の腕の見せ所です。
疲弊した現場を休ませ、メンタルヘルスを回復させるのか。
既存事業のブラッシュアップに充てるのか。
全く新しい市場の調査にエースを投入するのか。
重要なのは、「捨てることで生まれたリソースを、意図的に成長分野へ集中投下する」ということです。 ただ業務を減らすだけではありません。 「未来のために、今の時間を空ける」。そのための撤退戦なのです。
経営戦略の大家、マイケル・ポーターはこう言いました。
The essence of strategy...is choosing what not to do.
意訳:戦略とは、何をしないかを決めることである
引用:Michael Porter
「何をするか」を決めるのは簡単です。やりたいことは無限にあるからです。 しかし、「何をしないか」を決めるには、強烈な意思と勇気が必要です。 そして、現場の社員には、自分の仕事を「やめる」という決断はできません。 「今まで大切にしてきたものを捨てる」という痛みを伴う意思決定こそが、経営者にしかできない最大の仕事なのです。
あなたの会社は今、脂肪をつけすぎて動きが鈍くなっていませんか? 5年後のビジョンを実現するために、本当に必要な荷物だけを持っていますか?
「いつか役に立つかも」と詰め込んだそのリュックの中身を、一度すべて取り出してみてください。 そして、「これはこれからの登山に本当に必要か?」と問いかけてみてください。
もし、自分たちだけでは何が重要で、何が不要かの判断がつかない場合は、私たちSHIOパートナーズにご相談ください。 外部の冷静な視点で、御社の事業ポートフォリオと業務プロセスを整理し、「戦略の元で動く組織」へと生まれ変わるお手伝いをさせていただきます。
身軽になった組織だけが、変化の激しいこの時代を、自らの足で軽やかに駆け抜けることができるのです。